犯罪被害 -- その後

被害はいまだに続いている。

実際にデータとして記録しているのは、高周波(マイクロ波)のキャッチ記録と、夜間のビデオ映像である。

高周波の検知器は、昼でも私が外出したり、戻ったりする時に、マイクロ波をキャッチする。
私の移動を屋内外で追跡しているように見える。
夜間は特にひどく、寝室内に頻繁に高周波がキャッチされる。

就寝時には、寝室を主に防犯カメラを設置するが、怪しい光が映り、たまに目視できることもある。

考えられることは種々あるが、証拠として残しているのはこれらのものである。
しかも住人に臆することなく、当たり前のように電波を飛ばしてくる。
摘発されないのをいいことに、図に乗っているようだ。

こちらも隣家を狂人と思うしかない。

 

 

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古本屋さんの閉店

新型コロナの対処方針で、不可解だったのは、古本屋が古物商扱いされたことだ。
おかげで、古本屋さんが店を開けたのは6月になってからだった。

6月に入って調布の古本屋さんをのぞくと、閉店するつもりの特価セールをやっていた。
またひとつ、調布の楽しみが消えていく。
値段の高い(1000円以上)古本も均一100円で処分しているので、20冊くらい購入した。

みすず書房や法政大学出版会などの、普段は高くて手を伸ばさない本も買ってみた。

ぱらぱらめくっていると、文庫本に慣れた目には読むのに楽である。
持ち歩くには労力が必要だが。

というわけで、最近はハードカバーの本を読んでいる。

ここで買った一冊が「舞台・ベルリン―あるドイツ日記1945~48」である。
ソ連軍が突入したベルリンで、反ナチ運動をしていた女性の戦後日記である。
占領されたベルリンでの苦難の日々を描いている。

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最近興味があるのはWWⅡの時期について書かれた本だ。
もう1冊、フランス人が書いた戦時のドイツ人を考察した本も買ってみた。

本を読む人が減っているという。
だから古本屋さんも難しい商売になった。
それに新型コロナの自粛営業が追い打ちをかけている。
寂しい限りだ。

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読書中 ー 第七の十字架

以前、中央公論社の世界の文学の古本を数冊購入した時、アンナ・ゼーガースの「トランジット」の一編があった。
ヒットラーのナチス・ドイツに反対する抵抗文学の一冊で、興味をひかれ、いつか読もうと思っていた。

最近、岩波文庫で同じ作家による「第七の十字架」上下巻が出版された。

読みやすい小説ではなかったが、上巻を読み終えた。
ナチスに抵抗する労働者等が囚われている強制収容所から7人の収容者が脱走する。
ひとり、また一人とつかまり、彼らの生命も尽きようとしている。
しかし、こわいのはそこではない。
人々が流されるようにいつの間にか、ナチスに支配されてしまった社会だろう。
農家の若者がSA(ナチスの突撃隊)やヒットラーユーゲントの制服を着るのが当たり前になってくる社会だ。
脱走者は網の目のような監視社会の中で、追い詰められていく。

ヒトラーは1933年に政権を握り、この作品の舞台となる1937年のドイツの地方都市では、すでに後戻りのきかない独裁政権下の社会になっていたのがよくわかる。

当時のドイツ財界は左翼に対抗し、労働運動を力ずくで抑え込むナチス党政権を積極的に支持した。
しかしナチスは独裁政権と化し、民主主義さえも否定する暴力的な政権になっていく。

今の自民党政権は、反対する者を許さぬ独裁政権をめざしているようにさえ思われる。
政権を二度と手放さないという思いが強すぎるのだろう。
畸形的な経済政策でバブル気分の財界やその取り巻きは、利益と引き換えに民主主義を犠牲に供することにためらう気配もない。
政権にしがみつく者は独裁を目指すしかない。
この方向を変えるには自民党を政権の座から下ろすしかないのだが・・・。

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天地鳴動

土曜日の早朝に地震があった。

わたしは日課の散歩をしていて、住宅街の横の原っぱを歩いていた。
初めは小さく、次第にゴォーという大きな音になり、大地の上に響き渡った。
住宅から騒ぐ声が聞こえ始めた。
向かいから歩いてくる人と思わず、「地震ですかねえ」と声を掛け合った

この不気味な音は初めて聞いたような気がする。
爆弾でも落ちたのかとさえ思ったほどだ。
地鳴りというよりは、周囲の建物が揺れる音が重なりあっただけかもしれない。
外にいたせいか、揺れはほとんど感じなかった。

あわてて家に戻ると、縦揺れが強かったらしく、家人は起き直っていた。
多摩地方は震度4であった。
何か嫌なことでも起こりそうな、そんな不安を感じた。

今日は安倍右翼政権がまたもや暴走する予想が出ている。
負の遺産ばかり増やす政権が、早く倒れることを願ってやまない。

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読書中 - 戦争の記録

終戦の8月ということで、書店には第二次大戦に関する書籍が並んだ。
文庫本も高くなったが、無理してチャーチルの「第2次世界大戦」全4巻とトーランドの「大日本帝国の興亡」全5巻を買った。

チャーチルの本は、たまたま、聖蹟桜ケ丘のくまざわ書店で、20%引きで売っていたのでお得だった。戦時中の元英国首相は、筆が立つ人らしく、たくさんの回顧録等を書いている。
最初の方をめくっただけだが、読むのが楽しみだ。

トーランドの本は、原書も邦訳もそのままだが、体裁を新しくして出版された。
その分値段も上がったが、読みやすくなったのは助かる。
それにしても邦題は仰々しくていやだ。
「大日本帝国」なんて、自分たちだけで得意がっていただけではないか。
安っぽいものほど、「大○○○○」などと、飾りたがる。
原題は The Rising Sun で、副題として The Decline and Fall of the Japanese Empire となっている。
そのまま、「昇る太陽」の方が良かった。(営業的にはともかく)

イギリスのギボンの著述に The Decline and Fall of the Roman Empire があり、「ローマ帝国の興亡」という岩波文庫の邦訳がある。これを真似たのかな。
似たような題名としては、W.Shirer の The Rise and Fall of the Third Reich: A History of Nazi Germany がある。
邦訳は「第三帝国の興亡」でヒトラーのナチスドイツのことである。

「昇る太陽」は第3巻まで読み進めてきた。
こうした戦記を読むといつも思うのだが、かっての日本軍は「死ぬために戦う軍隊」であり、米軍は「生きるために戦う軍隊」であった。
だれが好き好んで死にたがるだろう。
そこには軍隊内部のみならず当時の日本社会の中にも死を強いるものがあった。
あんな社会に二度としてはいけない。

「捕虜を殺せ」と命じる参謀がいる。
いかにして死ぬか、すなわちいかにして部下の兵士を殺すかと思いつめる指揮官がいる。

死の軍隊には、捕虜になって生き延びることすら許されない。
捕虜になるふりをして米兵を殺害する日本兵。
これを見た米軍は情け容赦なく日本兵を戦車で引き殺すようになる。
第3巻にあるガダルカナル戦の記述である。

死ぬために戦う軍隊を前にしては、自軍を守るために、原爆の使用すら辞さない気持ちになるかもしれないとも思う。(原爆の使用を擁護するわけではないが)

戦前、戦中を美化し、日本を再び軍国化しようと企む安倍政権を許してはならない。

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