カテゴリー別アーカイブ: South America

moderato cantabile in Bogota

ボゴタでは、鈍い頭痛がした。
標高2600mの土地である。
それを心得て、ゆっくりと動くようにした。

モデラート・カンタービレ、ゆっくりと・歌うように。
音楽用語だが、昔読んだ小説の題名である。
歌うようにとまではいかないが、ゆっくりと街を歩いた。

museumに入った。(博物館に近い)
やっているのかいないのか、他に客はなかった。
女性の係員が案内してくれた。
私が部屋に入る時に電灯をつけ、出る時に消していた。
文化的な都市たるものmuseumがないとおかしい。
そんな配慮から、とりあえず作ったような印象を受けた。

街の通りでは、女性がポットを乗せた台車を引きながら、お茶を売っていた。
マテ茶だろうか、安いが、飲んでみると控えめな甘さで、とてもおいしかった。

大聖堂前の広場で、座ってぼんやり周りを眺めていた。
顔に傷跡のある少女と、ちんぴら達がなにやら話していた。

茶店で休んでいると、若い兵士たちが入ってきた。
休憩しているらしい。
このあたりでは、銃を見るのが珍しくない。
大きなビルに入ると、背広姿の警備員が銃を構えて警戒していた。

夕方小さな食堂に入ると、他に客はいなかった。
どう注文しようかと思っていると、おかみさんが声をかけてくれた。
「カルネ(肉料理)?」
カルネというと、調理の女性に指示していた。
肉野菜炒めのようで、とてもおいしかった。

教会の裏に公園があった。
たそがれ時で、夕焼けが公園の空気をまぶしく照らしていた。
子供たちはサッカーに興じていたが、そのうち散っていった。
夕食に家に帰るのだろう。
わたしはベンチに掛け、物思いにふけっていた。
明日はこの地を離れなければならない。

大聖堂前の広場の写真

大聖堂前の広場

Mundial

その年、アメリカでサッカーのワールドカップが開かれていた。

サンホセの繁華街の路上では、電気店のテレビに人々が群がって見ていた。
広場では、人々が輪になってボ-ルのリフティングをしているのをよく見かけた。
通りすがりの人が気軽に出たり入ったりしていたようだ。
女の子もやっていたが、あまりうまくはなかった。

ボゴタでは軽食や飲み物の昔ながらの店が多い。
そこを覗くとテレビを観戦する人々で満員だった。
昼の休憩時間には、労働者がボールを蹴りあっていた。
街ではサッカーボールの絵と、Mundial(ワールドカップ)という単語があちこちに書かれていた。
コロンビアは予選リーグの突破を期待されていた。

帰途、サンフランシスコに滞在していた時だ。
ホテルのテレビが、コロンビアのオウンゴールを繰り返し放映していた。
その異常さに気付き、注意して見ると、オウンゴールした選手がコロンビアに帰国後殺されたようだ。
そのオウンゴールで試合に負けたとはいえ、射殺とは・・・。
賭けに負けたマフィアのはらいせだったようだ。
数年前には、大統領選挙の候補者が演壇で麻薬マフィアに射殺された国だ。

コロンビアの人々の、人なつっこい顔を思い出していた。

サンフランシスコのピアの写真

サンフランシスコのピア

children in Bogota

中南米では働く子供たちをよく見かけた。
みな学校に行く年齢だが、家計を助ける方が大事なのは言うまでもない。

グアテマラの空港に着いたのは、朝5時だったが、ロビーにでると靴磨きが寄ってきて、磨かせろと言う。
子供たちもたくさんいたのに驚いた。

グアテマラ市内の食堂で夕食をとっていると、11,2歳の少女が店に入ってきた。
少女は、前に下げたかごに商品を入れてテーブルを回り、買ってくれる客を探していた。
日常の光景らしく、客も食堂の人も気にしないようだ。

ひとつのテーブルに男が二人、少し酒も入っていたようだ。
このろくでなしどもが、少女をひきとめて、いろいろ言っていたようだ。
近くの女性客が、食堂の人に知らせに行き、少女をそのテーブルから解放してやった。
わたしもなんとなく状況がわかり、少女を守ろうとする人々にほっとした。

子供の商売で多いのは、少年は靴みがき、少女は物売りだろうか。

ボゴタの下町でも、そんな子供たちがいた。
まだ10歳にもならない少年が、路上に座って、通行人に声を掛けていた。
わたしは、主人同様旅に疲れた靴を磨いてもらうことにした。
「アマリーヨ? カフェー?」と2度聞かれて、
やっと靴墨の色を聞いているのに気が付いた。
茶色の靴なので、明るい色(黄色)か暗い色(コーヒー色)かと言っていたのだ。
「カフェー」と言うと、小さな手で一生懸命靴を磨いてくれた。

ボゴタを離れる前にも、再び来てみると、別の少年と一緒に座り込んでいた。
もう一人の少年は慣れないらしく、太った元締のような男から小言を言われていたようだ。
前に磨いてもらった少年の前に靴を出し、「カフェー」と言った。
元締の男は客が来たので、少年たちから離れて行った。
叱られていた少年は、やりきれないような顔をしていた。

靴が磨き終わると、私は少しチップを上乗せした金額をわたした。
少年は嬉しそうに笑い、わたしは手を差し出して握手し、「グラシャス」と言った。

わたしは、この少年たちが大きくなって、ギャングやゲリラになっても少しも驚かない。

朝のボゴタ市内の写真

朝のボゴタ市内

to Santa Fe de Bogotá

空港に着いた時、時差で時計が1時間進んだことに気付いた。

夜8時だと思ったら夜9時だった。
infomationでも使えればと思ったが、もうやっていない。
来る前にメモしておいたいくつかのホテルから、ここに行こうと決めた。
予約などないが、どうにかなるだろう。

タクシーにホテルの名前を言えば、連れてってくれるだろうと考えたが、乗り場がわからない。
変な爺さんがニコリと笑いかけてきた。
こちらに近付くと、英語で何やらしゃべりだしたが、どうも胡散臭い。
再び空港内に逃げ込むと、爺さんは追っかけてくる。
警備員か警官か2,3人いたので、そちらへ向かった。
爺さんが逃げるだろうと思ったが、まるで怖気づかない。
悪い奴でもなさそうだと思い直して、話してみると、そのホテルへ連れていくという。

とりあえずホッとして、爺さんのあとについていくと、タクシーが客待ちで多数並んでいた。
どのタクシーだろうと思っていると、そこを抜けた先にオンボロ自動車が停車していた。
まさかと思ったらそれだった。
要するに、普通のタクシーがいっぱいいるのに、白タクにつかまったわけだ。

しょうがないと思って乗り込んだが、爺さんはまだ金が欲しいらしく、他の相客を誘うが、てんで相手にされない。
車が走り出した時には、もうどうにでもなれと思った。

車は夜の闇を市内に向けて走り、街の中へと入っていった。
そのうち中心部からはずれたところにあるホテルに到着した。
と、ホテルからばらばらと人が跳び出てきた。
警備員のようで、手に手に銃を抱えている。
タクシーでもないオンボロ自動車に警戒したのだろうか。

爺さんには約束どおり10$札を渡した。
距離からするとずいぶん安いように思えたが、こちらのレートでは高かったようだ。
爺さんは警備員に何か文句を言われていたようだ。

少しぼったくられたかなと思ったが、英語が分かるので助かったと、前向きに考えなおすことにした。
夜中の飛び込みの客ながら、きれいな部屋をあてがわれて、初めての南米の夜に眠りに就いた。

ボゴタ市内のホテルの写真

ボゴタ市内のホテル